読書録9 『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ  河出書房新社

読書録

インドにいたときに仲良くなったスタートアップの社長から勧められた本。
その会社の必読書にしたいとまで言っていました笑
虚構や理念が大事、というのは確かにスタートアップとの親和性も高そうです。

農業革命がなんだとか科学革命がなんだとか、いろいろ書いてありましたが、
この本を読んで一番印象に残っているのは、人間は小麦を取って食用の植物であり支配していると思っているかもしれないけれども、小麦からすれば、人間というツールを利用して、世界的な拡大を達成することができたと言えるという旨の記述です。
これは恰好いいコペルニクス的転回ですよね。ディナーで向かいの席の気になるあの人にこんな転回されたら、べたぼれな展開になること請負です。ほんと柔軟な視点でものごとを見れるように心がけたいものです。

以下、当時メモった文章。

1巻
P117 歴史の数少ない鉄則の一つに、贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせるというものがある
P141 進化は平等ではなく、歳に基づいている
P142 私たちが特定の秩序を信じるのは、それが客観的に正しいからではなく、それを信じれば効果的に協力して、よりよい社会を作り出せるから
P149 今日の人々が外国での休暇にたっぷりお金を注ぎこむのは、ロマン主義的消費主義の神話を心の底から信奉しているからだ
P152 共同主観的なものは多くん個人の主観的意識を結ぶコミュニケーションネットワークの中に存在する
P170 人類は想像上の秩序を生み出し、書記体系を考案することによって、大規模な強力ネットワークを維持した
P183 たいていの社会政治的ヒエラルキーは、論理的基盤や生物学的基盤を欠いており、偶然の出来事を神話で支えて永続させたものにほかならない
P187 自然な不自然という私たちの概念は生物学からではなくキリスト教神学に由来する
P192 特に雄は男らしいと主張できる資格を失う恐れに常に付きまとわれて生きている
P205 中世の文化が騎士道とキリスト教徒の折り合いをつけられなかったのと丁度同じように、現代の世界は、自由と平等の折り合いをつけずにいる
P235 帝国とはなにか?それぞれが異なる文化的アイデンティティと独自の領土を持った、いくつもの別個の民族を支配していること。変更可能な境界と潜在的に無人の欲を特徴とする。
P254 以前の純粋な文化を再現し、保護することを願って、残酷な帝国の負債を完全に拒否することにしたとしても、それによって守っているのは、さらに古くて同じぐらい残酷な帝国の遺産以外の何物でもない可能性が非常に高い

2巻
P19 多神教はあちこちで他の一神教を生み続けたが、どれも些末なものだった
P24 ゾロアスター教は最も重要な二元論の宗教
P28 心はたとえ何を経験しようとも、渇愛を持ってそれに応じ、渇愛は常に不満を伴うというのがゴータマの悟りだった
P34 人間至上主義は奪うことのできない特定の権利を創造主から授けられたと信じている
P45 後から振り返って必然に思えることが、当時はおよそ明確ではなかったというのが歴史の鉄則
P51 ゲーム理論だろうが、ポストモダニズムだろうが、ミーム学だろうが、なんと呼ぼうと、歴史のダイナミクスは人類の境遇を向上させることに向けられていない。進化と同じで歴史は個々の生き物の幸福には無頓着だ。
P133 そこに科学革命がおこり、進歩という考え方が定着した。進歩という考え方は、もし私たちが己の無知を認めて研究に投資すれば、物事が改善しうるという見解の上に立っている。
P169 私たちに不足しているのは、私たちの必要性を満たすためヒ素のエネルギーを利用し、変換するのに必要な知識なのだ
P173 ブナは哺乳動物のうちでも非常に知能が高く、好奇心が強く、それをしのぐのは大型類人猿くらい

個人的にはより大きな世界に支配されているとても無力な存在としての人間というのは、好きな考え方です。
別に大自然で育ったわけではないのですが、人間ごときが何を偉そうに、、、という感覚はいつもあるのかもしれません。

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